1月3日(水)

娘は朝から狭山不動尊の初詣の警備のアルバイトで、朝7時に飯能駅まで車で送りました。

その後、箱根駅伝の復路を観戦しながら雑煮を食べ、11時過ぎに家を出て妻の実家へ。義父母はすでに他界しており、都内に住む長兄を飯能駅で出迎えて、次兄の住む川寺の実家に行きました。

箱根駅伝をテレビで観戦しながら、買ってきた寿司や唐揚げを肴にビールで乾杯。夕方まで歓談して、長兄が帰るのを機に実家を退出。

夕食には、カレーライスを用意し、7時すぎに娘を飯能駅に迎えに行き、帰宅して夕食。

翌日も早朝からアルバイトがあり、疲れ気味の娘の体調を気遣い、この日は入浴も省略して、早々に就寝しました。

今までの自分の人生を振り返ると、まさに「蟻とキリギリス」のキリギリス的な生き方だったと改めて思いました。日本電気に在職していたときも、翻訳のフリーランスをしていたときも、たくさん自己研鑽をする機会があったにも拘らず、結局そのときの流れのままに、それらの機会を生かさなかった結果、特段の技術や能力を身につけることもないままにここまで来てしまいました。

因果応報と考えるなら、今の困窮した現状は自らが招いた結果であり、甘受する他はないのかも知れません。そう考えると何とも言えない虚脱感に襲われます。

自らの怠惰の報いを受けなければならないのでしょうか?放蕩の限りを尽くした息子を迎え入れてくれる家はないのでしょうか?

神を信じるということは、神の存在を信じるということではなく、神が自分自身を見捨てずに掬い上げてくれることを信じられるということのように私には思われます。

祈ろうとするとき、祈りが聞き入れられなかったときのことを想像して恐ろしくなり、祈ることそのものを躊躇してしまいます。

とても神の前に義なる生き方をせず、寧ろ碌でもない人生を歩んできたことを自分自身が一番よく分かっているのです。

そんな中でも、素晴らしい家族と巡り合わせてもらえたことは、本当に神に感謝するしかありません。

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